hayashi_77 のブログ

漁師の夫と猫たちと離島で暮らすITエンジニアが書いているブログです。

最強パワースポット!宗像大島にきたら「祈り星」に願いを込めよう。

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祈り星


大島では、宗像大社中津宮の境内を流れる「天の川」や、湧き水「天真名井」でなにかを洗っている人がいます。

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なにかを洗う人


なにを洗っているのかというと...。

 

これです。「祈り星」といいます。

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祈り星の外観

 

中にはガラスの玉が入っていて、色や形は一つ一つ違います。

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祈り星

 

この「祈り星」を天の川や天真名井で願いを込めながら洗うと、その願いが天に届くと言われているのです。

 

大島は七夕伝説発祥の地とも言われ、約800年前から現在まで毎年七夕神事が行われており、縁結びのご利益があることで知られています。

 

恋愛成就したい、仕事でいいご縁に恵まれたいなど、「祈り星」に願いを込めてみましょう。

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「祈り星」は大島フェリーターミナルの売店に置いてあります。大島に着いたら一番最初に売店で「祈り星」を入手し、それから中津宮に行くことをおすすめします。

 

あなたのところにくるのはどんな祈り星でしょうか。楽しみですね。

来年から出産育児休暇にはいります(島の妊娠・出産・子育て事情)

昨日は私の最終出勤日でした。

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諸事情により島から海上タクシーで出勤

会社の同僚のみなさま、昨日は暖かくお見送りいただいてありがとうございました。納会に持っていった舟盛りもきれいに食べていただけて、嬉しかったです。

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会社の納会の様子

 

出産育児休暇のおしらせ

おかげさまで現在妊娠9ヶ月になり、来年2月に出産予定です。そのため昨日を最終勤務日として、来年から約2年間の出産育児休暇をとらせていただくことになりました。

 これまでお仕事で関わらせていただいた方々、直接ご挨拶ができず申し訳ありません。2年後に復帰する予定ですので、その時はまたよろしくお願いいたします。

 

島の妊娠・出産・子育て事情

 妊娠したことを伝えると「島に産婦人科あるの?」「保育園あるの?」と、よく聞かれます。私も最初はまったくわからなかったのですが、島の奥さん達に聞きまくり、親切に教えていただきました。

 福岡市に住んでいた頃は、病院の情報などはネットで調べていました。ところがこういう人口が少ないところの情報はレアパターンのためネットに出ていません。結局、周りの人に直接聞くのが一番生きた情報でとても大事でした。

島に産婦人科はあるの?

 ありません。島には診療所が1つあり、ドクターが2年交代で赴任していますが、産科は対象外です。

 島の人は、妊娠したらフェリーで海を渡って九州本土の病院に通います。フェリーで25分、港から病院まで車で30分くらいなので、通院にかかる時間は大体片道1時間くらいです。産科が減ってきていると聞きますので、島に限らず田舎であればこれくらいの通院時間は普通なのかもしれません。

どこで出産するの?

 島だと、陣痛が始まった時にすぐ病院に行けないかもしれないというリスクがあります。フェリーは1日7往復で夜は動かないので時間が合わなかったり、海上タクシーを使うという手もありますが、最悪、天候が悪くて船が出せないなら島から出られず、自宅で出産ということになります。(切迫早産で命が危ないとかだとドクターヘリが来ることになります。)

 こういった状況もありますし、島の奥さん達は島外から嫁いできた人が多いということもあって、基本的に里帰り出産をします。

 もともと島出身の方など里帰り出産をしない場合は、出産予定日をあらかじめ決めて入院する計画分娩をしたりするようです。私は里帰りしないので、計画分娩を予定しています。 

島に保育園はあるの?

 あります。その名も「大島へき地保育所」です。

 最初に名前を聞いた時、なぜわざわざ「へき地」をつけたのか疑問でした。でもちゃんと意味がありました。「へき地保育所」は、認可保育所の設置が著しく困難な地域に設置される保育施設で、市町村長が指定の基準に適合するものと認めると支援金が交付されたりするようです。

 子供の数も先生の数も少ない中で運営できるのは「へき地保育所」に指定されているからなのでしょう。

 保育園がなかったら2年後に復帰は無理でしたので、本当に保育園があってよかったです。

育休期間の長さについて

 私は育休を最大の2年間とる予定なので長いと思われた方もいらっしゃるでしょう。普通、育休は1年間です。それ以降は保育園に入れないなどの理由がある場合のみ、育休を延長できます。

 島の場合、都会の保育園のように定員がいっぱいで入れない問題はないのですが、保育園の先生の人数の問題で、2才にならないと預かってもらえません。

 ここでちょっと困りました。

 2才まで預けられないなら育休を延長するしかないのですが、育休延長の申請をするためには、定員がいっぱいで入れなかったということを証明する「保育所入所不承諾通知書」を保育園から受け取る必要があります。そもそも入れる年齢じゃない場合、これがもらえないので、育休が延長できないかもしれないのです。

 そこで宗像市役所に相談したところ、「島には1つしか保育園がなく、その保育園には2才からしか入れないので育休延長は妥当である」という意見書を出していただけることになりました。宗像市グッジョブ!

 そういう訳で少し長い育休になりますが、2年間子育てに専念させていただきます。

同年(どうねん)

 島では同い年の人のことを「同年(どうねん)」と呼んで、大人になっても集まって飲み会をしたりします。同級生の数が少なく、保育園から中学校卒業までずっと一緒なので、特別な絆が生まれるんでしょうね。

 私の子供と同年になる子は4人で、もう生まれている子もこれから生まれる子もいます。

 島には高校がないので、中学卒業後は島を出る子もいます。高校に通うために寮に入ったり、親戚の家に下宿したり、一人暮らしをしたり、それぞれの道を歩むことになります。でもそれまでは一緒に育つことでしょう。

 この島で子供がどう育っていくのか、とても楽しみです。

 

最後に

 昨日、会社から帰る道は、無職になったような不安感がありました。でも一晩寝たらなくなりました。

 来年からは、まずはめちゃくちゃ痛いと噂の出産を無事終わらせ、子育てを新しい仕事と思って頑張ります。

 子供を通じて、今まで知らなかったことをたくさん知ることができるだろうと楽しみにしています。

宗像大社の御朱印をコンプリート!

ついに宗像大社御朱印をコンプリートしました!

 

御朱印帳購入

今年のはじめ、初詣で御朱印を集めている人を Facebook で見て思い立ち、御朱印帳を買いました。

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私が住んでいる宗像大島では、宗像大社を篤く信仰していますので「最初はやっぱり宗像大社だよね」ということで、宗像大社御朱印を全て集めてから、他の神社の御朱印を集めることにしました。

 

宗像大社は、九州本土にある辺津宮、大島にある中津宮沖ノ島にある沖津宮、この3社の総称です。これに大島にある沖ノ島遥拝所を足した4つの御朱印を集めるとコンプリートになります。

 

中津宮御朱印

 まずは島にある中津宮御朱印をいただきに行きました。

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沖津宮遥拝所の御朱印

大島には、沖津宮遥拝所もあります。沖ノ島には行くことができないので、代わりにここから沖津宮を遥拝(遥かに拝む)します。

遥拝所の御朱印中津宮でいただけます。通常「参拝」と書かれるところが「遥拝」になっているのがわかります。

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辺津宮御朱印

宗像大社」というと、九州本土にあるこの辺津宮を思い浮かべる方が多いと思います。御朱印も「辺津宮」ではなく「宗像大社」になっています。

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沖津宮御朱印

沖津宮は立ち入り禁止の沖ノ島にあります。この島に渡る人は宗像大社の関係者に限られているため、御朱印はないだろうと思っていました。しかし中津宮神職さんによるとあるとのこと。

私は沖ノ島に渡ることはできないので、夫にお願いしました。

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沖ノ島は通常立ち入り禁止ですが、大島の漁師は日頃から氏子として献魚したり、島の掃除や鳥居の修理、神事の手伝いなどをしているので立ち入ることがあります。

夫もたまに行く機会があるのですが、今年はなかなかそのチャンスが訪れず、先日やっといただくことができました。

 

最後に

思ったより時間がかかり、年の瀬も押し迫ったこの時期になってしまいましたが、年内にコンプリートすることができてよかったです。

沖津宮御朱印は、誰でも手に入れることができるものではない貴重なものなので、大事にしたいと思います。

 

宗像大社みあれ祭レポート from 宗像大島

本日10月1日、宗像大社の秋季大祭の始まりを告げる「みあれ祭(御生祭)」が執り行われました。

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実は私、みあれ祭を見るのは今年が初めてでした。昨年は同僚の結婚式、一昨年は仕事のため島にいなかったのです。島に移住して3年目、やっと見ることができた、みあれ祭をレポートします!

 

みあれ祭とは

宗像大社の秋季大祭(10月1日〜10月3日)のための神迎えの神事で、特に「海上神幸」と呼ばれる漁船のパレードが有名です。

宗像大社は、九州本土の辺津宮、大島の中津宮沖ノ島沖津宮の三社の総称で、各宮に宗像三女神という3姉妹の女神を1柱づつお祀りしています。

普段は沖ノ島沖津宮にいらっしゃる田心姫神(たごりひめのかみ)と、大島の中津宮にいらっしゃる湍津姫神(たぎつひめのかみ)を、海を渡って九州本土の辺津宮にお送りするための神事です。

 

沖ノ島から大島へ神迎え神事

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9月10日、みあれ祭に先立ち、沖ノ島田心姫神(たごりひめのかみ)を大島にお迎えします。

神職がささげ持つ白い布に包まれた箱の中に御分霊がいらっしゃいます。神璽箱には人の息を吹きかけてはいけないそうで、運ぶ神職はマスクをしています。

この日から10月1日までの約20日間、田心姫神は大島に滞在されます。

 

みあれ祭当日早朝

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大島に大漁旗を掲げた漁船が続々と集まってきます。

海上神幸には、大島の漁船だけではなく、隣島の地島、鐘崎、神湊、勝浦、津屋崎、福間など、昔、宗像七浦と呼ばれた近郊の漁船も参加します。

船のエンジン音が大きく鳴り響き、活気に満ちています。

 

中津宮にて出御祭

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8時半になると中津宮で出発のための神事が行われます。

沖ノ島田心姫神(たごりひめのかみ)と大島の湍津姫神(たぎつひめのかみ)の御分霊を納めた神璽箱が神輿に乗せられ、中津宮を出ます。

 

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神輿を担ぐのは、島の若い漁師たちと今年の新成人たちです。港に停泊した御座船までの道中、100人くらいが付き従います。

 

御座船

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神様がお乗りになる(神璽箱が乗る)船を御座船といいます。御座船はその年に新しく作られた新造船がつとめるのが伝統になっています。

 

海上神幸

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神璽箱が御座船に御転座されると、花火が打ち上げられ、壮大な海上パレードが始まります。漁船およそ百数十艘が一気に出航する様子は圧巻です。

www.youtube.com

御座船には神輿の担ぎ手や奉賛会の方が乗っていますが、それ以外の船には色々な人が乗っています。船の持ち主の家族や親戚、遊漁船の常連さん、報道陣などです。

 

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大島を出発した船団は、地島、鐘崎などの沖を周回して、約1時間かけて神湊に向かいます。

 

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今日は沖ノ島もきれいに見えていました。

 

神湊到着と陸上神幸

 神湊に到着すると、辺津宮からお出迎えにいらした市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)と合流し、三女神の神輿が辺津宮まで運ばれ、神璽箱が本殿に安置されるそうです。

陸上神幸はまだ見たことがないので、来年は神湊側でみあれ祭を見るのもいいかなと思っています。

 

今年のみあれ祭は例年にない賑わい

宗像大社は今年7月19日に世界遺産に登録されました。

hayashi-77.hatenablog.com

そのためか今年はたくさんのお客様が大島においでになり、フェリーは座れないくらいの混雑でした。前日から宿泊してみあれ祭を見られる方も多かったです。

 

最後に

みあれ祭は約750年という長きに渡って引き継がれてきた祭です。島から出て生活している人も、この祭の時だけは島に帰ってきます。この土地の人たちの「神様の恩恵により生計を営んでいる」という強い信仰を感じることができる祭でした。

【祝!世界遺産登録】はじめての休日を迎えた宗像大島

先週7月9日(日)に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が世界遺産に登録されました!!!

イコモスの勧告を覆しての、大島の「中津宮」と「沖津宮遥拝所」を含む8資産全ての世界遺産登録は、関係者の方々の努力の賜物だと思います。本当におめでとうございます。

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『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の詳細については以前の記事でご紹介していますのでこちらをご覧ください。

hayashi-77.hatenablog.com

この3連休は世界遺産になってからはじめての休日でした。

 

沖ノ島 一般の上陸全面禁止へ

3連休の幕開けはこのニュースからでした。

1958年から毎年5月27日に、沖ノ島日露戦争戦没者を慰霊する「現地大祭」が行われてきました。宗像大社から抽選で選ばれた一般男性200人が参列するため、一般人が沖ノ島に上陸できる唯一の機会だったのですが、来年度からは中止になります。

headlines.yahoo.co.jp

これにより、神社関係者と学術調査を行う研究者以外の一般人が、沖ノ島に上陸することは完全に出来なくなりました。世界遺産に登録されたことを受けて、これまでよりさらに厳しく沖ノ島を守るため、このような決定になったようです。

沖津宮遥拝所に参拝しましょう

このニュースに、来年の「現地大祭」に申し込みをしようと思っていた方はがっかりされたことでしょう。そんな方のために大島の「沖津宮遥拝所」はあります。

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「遥拝」とは「遠く離れた所から神仏などをはるかにおがむこと」です。「沖津宮遥拝所」は通常は行けない沖ノ島沖津宮を大島から参拝するために作られました。ぜひ遥拝所にご参拝ください。

遥拝所は沖ノ島が見えるように海を背にして建てられています。夏場は天気が良くても沖ノ島が見えないこともありますが、冬場は比較的よく見ることが出来ます。

 

大島交流館がオープン!

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沖ノ島や大島の豊かな自然・歴史・文化など島の魅力を発信する施設として「大島交流館」がオープンしました!(以前は漂流物博物館だった建物をリニューアルしてのオープンです)

 

7月16日にはオープン記念のラジオ公開生放送も行われました。

宗像・大島交流会館オープン記念 「おすぎとコウジの宗像oh!島!」公開生放送|KBC九州朝日放送

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たくさんの来島者で賑わった3連休

この3連休は来島者がとても多く、定期のフェリーには人が乗り切れず、臨時便の旅客船が出ていました。臨時便が出るのを初めて見ました。

また、島内の観光地を巡る観光バスや警察官も2倍体制でした。

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大島は、世界遺産になった中津宮沖津宮遥拝所を見る以外にも、海水浴、トレッキング、釣りと、色々な楽しみがあります。

www.youtube.com

信号機もない小さな島ですが、世界遺産に登録されたことによって、これからどうなっていくのかとても楽しみです。

 

縁結びに効く宗像大社中津宮の七夕まつり

今日は七夕ですね。全国各地で七夕祭りが行われていますが、短冊に願い事は書かれましたか?

 

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大島では毎年8月7日(旧暦の7月7日)に 宗像大社 中津宮 で七夕まつりが行われます。

参道が竹灯籠でライトアップされ、幻想的な雰囲気が漂いとても美しいです。

 

どんなことをしてるの?

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中津宮の周りに笹竹をたて、それに願い事を書いた五色の短冊を飾ります。神事の後、境内で七夕踊りが奉納され、日が落ちると参道に飾られた竹灯籠に灯がともります。

出店も出て、夜遅くまで賑わいます。この日は島外からもたくさんのお客様がいらっしゃるので、帰りの船として21時に臨時便が出ます。

 

中津宮の七夕祭の歴史

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中津宮の七夕祭は約800年前の鎌倉時代まで遡ることができ、七夕伝説発祥の地といわれています。

「正平年中行事」(1346)には、7日間の参籠(お祭りの前から俗界を避けてお籠もりすること)の後、水に映る姿によって男女の縁を定めたと書かれています。

中津宮の境内を流れる川は天の川と呼ばれ、その清流を挟んで牽牛社と織女社があります。大島では昔から男の子が欲しい場合は牽牛社、女の子が欲しい場合は織女社に詣でるという信仰があります。

 

縁結びにご利益がある?

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中津宮の七夕祭は「恋愛成就」「開運招福」「悪疫退散」を祈る神事です。鎌倉時代から縁結びの風習や盛大な歌会(現代の合コンのようなもの)が行われていました。

また、天の川に思う人の名前を記した短冊二つを流し、並んで流れればその縁談は纏まるとも言われています。現代ではこの占いをしている人はいませんが、中津宮には水に浮かべるとお告げが浮き出てくる「水みくじ」というのがあります。

中津宮は最近パワースポットしても注目されていますし、ご利益はあると思います(^_^)

 

中津宮の七夕伝説

中津宮は七夕伝説発祥の地と言われ、ロマンチックなお話が伝わっていますのでご紹介させて頂きます。

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 遠い遠い昔に、ある貴族の若者が朝廷の命令で海を渡り、中国から数人の機織り上手な女の人を連れて帰国する途中、その中の一人に恋をします。やがて、役目を果たした若者は都に帰り、彼女たちは宗像大社辺津宮に預けられました。

 若者は恋人を思ってわびしい日々を送っていたところ、ある夜、夢の中に宗像の神という天女が現れ「宗像の中津宮に行きなさい」と告げます。若者はお告げに従い、都での仕事をやめて、中津宮で神に仕える道を選びました。

 ある星のきれいな夜のことでした。いつものように天の川で禊をしている時、身にかける何杯目かの手桶の中をのぞいてみると、片時も忘れたことのないあの恋人が、今にも語りかけんばかりに水に映っているではありませんか。それから七夕の頃になると手桶の中に恋人の姿が映り、二人は時のたつのも忘れて黙って見つめあい、幸せなひと時を過ごしました。

 そしていつしか、二人の姿は辺津宮中津宮から見えなくなったそうです。めでたく結ばれ、宗像の地のどこかに住んだとも、逆に結ばれぬままに、それぞれ遠いところに移り住んだともいわれました。

 

最後に

今「七夕祭りを盛り上げるぞ!」と様々な企画が進行しているところです。詳細はまた後日、ご紹介したいと思います。

皆様の願い事が願いごとが叶いますように!

世界遺産登録直前! 渦中の宗像大島から見る「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」と地元の声

私が住んでいる大島には、日本が世界遺産に推薦している「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」のうち、2つの構成資産があります。

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先日、世界遺産登録の可否を調査する諮問機関であるイコモスが、構成遺産のうち、沖ノ島とその周辺の岩場だけを世界遺産として登録するように勧告し、様々な議論をよんでいます。

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イコモスの勧告通りになれば、大島の「中津宮」と「沖ノ島遥拝所」は世界遺産から除外されてしまうわけですが、大島の島民は期待を捨ててはいません。7月上旬の決定を固唾を飲んで見守っています。

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私はこの島に移住する前から、世界遺産登録を目指していることはなんとなく知っていましたが、その詳しい内容は知りませんでした。

でも渦中の大島に住んだことで少し詳しくなったので、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」について、わかりやすく説明すると共に、地元の声をご紹介したいと思います。

 

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の概要

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この遺産群は、大きく以下の5つから構成され、「神宿る島」沖ノ島を崇拝する伝統が1500年以上にわたり今日まで継承されてきたことを物語る遺産群です。

沖ノ島を起源とする信仰を現在に伝える宗像大社と、古代祭祀を行った人々の古墳群からなります。

cacoo.com

キーワードは「信仰」

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玄界灘にポツンと浮かぶ沖ノ島は、日本列島と朝鮮半島との間に位置する断崖絶壁の孤島です。周辺に陸地もなく、命がけの航海を行なっていた古代人にとって、この島は絶海のオアシス。神を感じたのも想像に難くありません。

沖ノ島への信仰は、航海や漁業といった海上での活動に伴う危険への対応から生まれたもので、最初は島自体を神とする自然崇拝だったものが、やがて宗像三女神信仰になり、それが今も宗像地域の人々の生活に息づいています。

 

宗像三女神を祀る「宗像大社

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宗像大社は、「古事記(712)」「日本書紀(720)」にも登場する全国でも有数の古社で、全国に6200社ある宗像三女神を祀る神社の総本宮です。

宗像三女神とは天照大神の御子である3人の女神のことで、田心姫神(たごりひめのかみ)は沖ノ島沖津宮湍津姫神(たぎつひめのかみ)は大島の中津宮市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)は九州本土の辺津宮にお祀りされ、この三宮を総称して「宗像大社」といいます。

もともとは海上交通の神様なのですが、自動車が普及するにつれ交通安全の神様となりました。福岡県内で新車を買った人は宗像大社で車祓いをすることが多く、車につける交通安全のお守りは宗像大社が発祥です。

「神宿る島」宗像・沖ノ島

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沖ノ島は全島が宗像大社の境内地になっている神の島です。宗像大社神職1人が10日交代で島に常駐し、毎朝社殿で神事を行なっています。(神職を島へ送るのは大島の海上タクシーのお仕事です。)

「海の正倉院」と呼ばれる理由

朝鮮半島や中国大陸との交流が盛んに行われた4世紀後半から9世紀末、沖ノ島を経て朝鮮半島へ渡る海上ルートは、国家にとって重要なルートでした。そのため沖ノ島では航海の安全を願って、貴重な奉献品(金の指輪やガラスの杯など)を用いた国家祭祀が行われました。

沖ノ島には、厳しい入島制限や、島のものの持ち出し禁止などの禁忌があり、これらの遺跡がほぼ手つかずの状態で残りました。沖ノ島から発見された8万点に及ぶ膨大な数の神宝は全て国宝に指定され、このことから沖ノ島は「海の正倉院」といわれています。

禁忌

沖ノ島にはいくつかの禁忌があります。女人禁制であり、男性も宗像大社の許可なしには上陸できません。上陸する際には、真冬でも裸で島の前の海中につかって禊をします。また、沖ノ島のことは恐れ多いのでみだりに語ってはいけないとされ、そのためこの島は「不言様(おいわずさま)」といわれてきました。島にあるものは一木一草一石、一握りの砂といえども持ち出すことは許されません。この掟は昔からのもので、今でも固く守られています。

沖ノ島を守ってきた漁師たち

宗像地域の漁師にとって、沖ノ島周辺の海域は昔からの良い漁場です。あまり知られていませんが、沖ノ島は現在でも海が荒れた時に漁船が避難するための退避港になっています。

大島の漁師は、昭和40年頃までは沖ノ島に小屋を立てて泊まりがけで漁をしていました。これはその頃(昭和初期)の写真です。

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上陸前に禊をする様子も写真に残っています。

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船の性能がよくなって大島まで日帰りで帰ってこれるようになったため、現在は小屋はありません。しかし現在でも、大島の漁師は漁の途中に沖ノ島に停泊すると、必ず献魚をしています。 

また、漁師たちにとって船をつける港と鳥居をくぐった島の内部は明確に違い、鳥居の内は神の領域として、入ることはまずないそうです。

大島をはじめとする宗像地域の漁師によって、沖ノ島は現在まで守られてきたのです。

現地大祭

毎年5月27日に、明治38年に沖ノ島近海で繰り広げられた日本海海戦を記念して「現地大祭」が行われます。

年に一度だけ、宗像大社から抽選で選ばれた一般男性200人が沖ノ島に上陸し、祭典に参列します。現地大祭の前日は参加者全員が大島に宿泊するため、大島は賑わいます。

今年は約700人の応募があったそうです。福岡県のみならず、大阪、名古屋、東京など、日本全国から参加されています。www.asahi.com

 

構成遺産の紹介

沖津宮沖ノ島

沖ノ島全体と三つの岩礁からなる宗像大社沖津宮(むなかたたいしゃおきつみや)は、宗像大社の三つの宮の一つで、田心姫神(たごりひめのかみ)を祀っています。国史跡「宗像神社境内」の一部であり、天然記念物「沖の島原始林」に指定されています。

沖津宮遙拝所(大島)

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18世紀までに大島の北岸に設けられた沖津宮遙拝所は、通常は立ち入ることのできない沖ノ島を遥か遠くに拝むための場です。その社殿は、島そのものをご神体とする沖ノ島に対する拝殿の役割を果たしています。

中津宮(大島)

f:id:hayashi_77:20170128121445j:plain宗像三女神の一神・湍津姫神(たぎつひめのかみ)をお祀りする中津宮は、島の南西岸に海を隔て、辺津宮と向かいあって鎮座しています。 永禄9年(1566)に造営された本殿は、伝統的な三間社流造で、県の文化財にも指定されています。

辺津宮(九州本土)

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辺津宮は、宗像大社を構成する三宮の一つで、宗像三女神市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られています。 拝殿は天正18年(1590)に小早川隆景が再建したもの、本殿は天正6年(1567)に最後の大宮司となった宗像氏貞が再建したもので、共に国の重要文化財になっています。

新原・奴山古墳群(九州本土)

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5〜6世紀に築かれた新原・奴山古墳群は、沖ノ島に対する信仰の伝統を築いた宗像氏のお墓です。福岡県内全体で約200基の前方後円墳が発見されていますが、そのうちの40基が宗像地域にあります。

宗像海人族

宗像地域には古代から海に関わりのある集団が暮らしていて「宗像海人族」と呼ばれました。優れた航海術を持った彼らは大和朝廷から重要視され、天武天皇の側室の一人、尼子娘(あまこのいらつめ)は宗像の豪族の娘です。

「宗像海人族」は航海の危険を乗り越え、古代において日本の発展に陰ながら大きな役割を果たしました。

 

世界遺産になると何がいいの?

沖ノ島の入島禁止の掟は、海上保安庁などと協力しながら守られていますが、船の性能が上がり短時間で海上を移動できるようになった現代では、宗像大社や地元の漁師だけで沖ノ島を守っていくのは難しい側面があります。

今後はその価値を広く知ってもらい、保護の必要性を訴えていく予定です。

 

地元の声

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最初は世界遺産に登録することで「沖ノ島が荒らされるのでは」と反対の声もあったようです。今は概ね「世界遺産になったらいいね」という雰囲気ですが、立場によって少し見方が違うようです。

サービス業

世界遺産になったら知名度が上がって、大島に観光のお客さんが増えるので嬉しい。

漁師

世界遺産になっても沖ノ島の入島禁止の掟は変わらないので、どっちでもいい。

昔から大島に住む板矢さん

沖ノ島とそれを中心とする信仰には価値がある。民族の宝。みんなで守っていかないと将来に残せないので世界遺産になって欲しい。

 

まとめ

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世界遺産として認められるかどうか、来月上旬には決定します。ですが、もし認められなかったとしても、大島を含む宗像地域に暮らす人々は、これまで通り沖ノ島宗像大社を大切に信仰していくでしょう。
また、ここまで読んでくださったあなたももう、大島にきてこの文化に触れたいと思われているのではないでしょうか?ぜひ大島に遊びにきてください。気が良くお酒好きな宗像海人族の子孫たちが迎えてくれることでしょう。

 

最後に  

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このブログを書くにあたり、昔から大島に住む方々にご協力を頂きました。

まず、沖ノ島と大島の関わりについてお話を聞かせてくださり、この記事のほとんどの写真を提供して頂いた 板矢 英之 さん。

大島のカンス海水浴場前で Musubi Cafe を経営されている草野ご夫妻には、板矢さんを紹介して頂き、お話を聞く場所を提供して頂きました。(あと甘夏ジュースも出して頂きました。美味しいので大島にきたらぜひ飲んでください。)

本当にありがとうございました!

 

追伸:板矢さんにお借りした写真は貴重なものが多いので、これを元にまたブログを書こうかと思っています。

 

参考サイトと書籍: